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間違いだらけのホームページ

ネット関連の仕事をしていると、現実の状況と、いわゆる世間の格差が益々拡がっているのが分かる。


インターネットの特性が、世間では全く知られていない。
インターネットはより小規模の事業者に有利な道具である!

しかし、それはいまだに理解されていない。
実はこれら議論は実は1996年頃、頻繁になされていた。
本屋には書籍があふれ、インターネットで儲けよう等の本が出まくっていた。
しかし、当時はそれら意見は机上の空論に過ぎず、
確かにネットのブームは有ったのだが、実際にお金になる事は無かった。

当たり前である。
ダイヤルアップで、電話代を気にしながらちまちま遅いスピードでネットで買い物をする事を考える人々など、ごく一部の先進的なユーザー以外は存在しなかった。

しかし、現在起きていることは、当時、言われた事が具現化し、
10年前の構想が今、現実化している。

実際に当時を思い起こすと、私が周囲に言っていた事は多分、全く理解されなかった。

又、今、言っている事も多分理解されない。
(分かる人には分かる。)
それは又、10年後、理解されるようになると思っている。

ホームページは作ってみたが、結局、何も起こらずに閉鎖していったホームページが山ほどあった。又、現在もある。

その後のネットの変遷は様々な道を辿ったが、話が長くなるので、今、を語る事にしよう。

なぜ、小さいところに有利か?
なんと言っても大資本が必要無い。
その代わり、知識と時間、もしくは、その知識と時間を持った人を活用する必要はある。

従来の社会は、マスマーケティングで成り立っていた社会であった。個々の個性よりも、大量生産、大量規格が社会の主流だったのだが、今後は今・よりも・より細分化していき、好みの多様化はもっと進む事が一つ。

よってマーケティングの方法が変わる。

いわゆるマスマーケティングの代表が、テレビやマスコミだとすると、今後それらの権威は弱まっていく。
大企業が、大予算で、広告をするという手法が今後変化していく。
マスマーケティングは資本が無いと無理なのだ。

しかし、インターネットの土俵は、大会社でもある意味個人でも変わりがない。アイデアのある個人が、大資本に対抗出来る。
(勿論、コンテンツの予算は大企業は十二分な費用を掛けているので、見た目は派手だし、予算と人を掛ける分、色々な仕掛けが出来る。)

しかも、マスマーケティングは大量の情報をメディアを通じ、闇雲に送っていたものが、ネットでは、嗜好を求めるものに対し、ターゲットを絞った広告が出来る訳で、それらがより強力に進んでいく事は間違いがない。

ホームページそのものの在り方も変化する。
以前、ホームページは、ただ置いてあるという考え方だったものが、どこでも更新が出来るものになり、それに伴い変化するものになる可能性が高い。
情報の鮮度や、情報の正確性、その情報の信頼性を高める為の方策がより重要になるだろう。
よって、ただ単にホームページを作って置いておくという概念は急速に古くなるだろう。

すると、パソコンに縛られる事が無くなり、
場所の概念が崩壊し、どこでも仕事が出来るようになる。

と言うことは雇用も変化する。
在宅での仕事が可能になる。コンピュータの全ての事を把握出来る訳では無いから、その目的に応じた人材が必要になる。
その人々はある意味、会う必要も、時間の管理も必要が無く、
目的を達成出来るスキルがあれば良いという事になる。

それに伴い、家族関係も変化する。
それは、工業社会の発達により、都市の一極集中が起きた事と逆の現象が起き、又、分散の方向へ向かう事を示唆している。
父親が家で仕事をし、母親が父親補佐をするような状況も生まれるだろう。子供はその中で育ち、いわゆる家族関係はより緊密になる可能性がある。

ただし、私たちの問題は、従来の方法の呪縛をどう解き放つかが問題になる。

今までのやり方、今までの方法、今までの常識が変わる。
又、変えねばならない。

問題は自分の意識の中に内在する。

日本の問題は、人と同じであることが評価される事。今までと違う事をやって失敗したらどうするか、人と違う事をやり出る杭になったら…等の意識的な問題をどう乗り越えるかが実は問題になる。

日本人は問題を起こし、摩擦を作る事を嫌う人が多い。
実は、それが日本の成長の大きな阻害要因になる。

アメリカ人の義理の兄の言うことに、

日本には出る杭が打たれるということわざがあるんだって?
Yes

と言うと、アメリカは反対だ。
うるさいホイールにはグリースをさせ と言う言葉がある。

それはやる奴にはもっとやらせろ
ということわざだと。
日本とアメリカは本当に反対だと笑われた。

という事で、アメリカの方が遙かに国力が強くなる。

たとえば、歴史が強みにはならない。
アメリカの歴史は200年しかないのに国家として強力である。

中国の歴史は4000年であり、300年程前まで、文化や技術を輸出していたが、産業革命を起こしたのはイギリスで有り、白人はそれから経済的、文化的、知識的に加速度をつけ、中国よりも、遙かに国力を持った。それは歴史の重みが、未来への前進の足かせになる事がある証明でもある。

それは過去にしがみつく経営者に似ている。
また、日本の上位階層の経済界にも通ずる。

(本来、ホリエモンや、村上ファンドのような若手に哲学があれば、もう少し、日本は変わったかも知れない。しかし、若者は私利私欲が事業のモチベーションになっているのが残念である。

より社会的な経営哲学を持つ若手がもっと日本は出てこなければならないし、本来、銀行や公的機関は哲学に対し、投資をする姿勢が必要である。それは本当に声を大にして言いたい。銀行はより社会的な責任を持て!)

人の成功体験の積み重ねは非常に重要である。又、失敗も重要である。その中から、未来への道筋が見えてくる。
しかし、従来型の成功体験が未来に通用しない可能性の方が高い。
工業化大量生産型社会での成功体験は、今後訪れる、多品種少量型社会に対して、同じアプローチが成功するとは限らないからである。

未来は黙るのでは無く、話す事が重要になる。
黙る事が美徳の時代では無い。

黙る事が美徳だった時代は又、その時間の経過が遅かった時代の話であり、現代のようなめまぐるしい時代で黙る事は、置いていかれる事を意味する。

ネットの世界は本当に革命的だ。
私のクライアントはおおむね反響が良い。
他の広告を止め、ネット一本にしたところもある位である。
それは、その仕組み作りに組み入れているに他ならないからだ。
(但し、様々な意味と理由でのばらつきはある。)

今まで話しをした、ホームページを持っている事業者を見ていると、たとえば、単にホームページを持つ事で反響を期待している人がいる。

それは看板を立て客が来るのを待っている人と重なる。

又、店を作り客を待っている事業者と同じである。
しかし、それで、事業が成功するなら、皆、成功する。
そこに様々な味や工夫を加えねばならない。

表面のデザインにこだわる人が居る。
しかし、どれだけ画像を乗せても、ネットで見られる確率は低い。
インターネットが言葉の道具であるからだ。
(勿論、模様替えは必要である。それは新鮮さを生み、ホームページを真面目に運営しているという印象は与えられる。)

検索技術が進み始めている現在、言葉が力になる事を知るべきた。グーグルはそういった意味で、まさに革命だし、今後それら真面目に運営する小事業者の救世主になる可能性も有るし、又、その逆もあるかもしれない。
しかし、グーグルという会社の哲学は素晴らしい事を言っておく。

何度も言うが、インターネットは魔法の道具では無い。
しかし、その特性を理解した人や、その特性を理解した手法を取る人々には、まさに魔法の道具になり、人生を変える道具になる。

但し、ホームページそのものは、一つのマーケティングの道具でしかない。

そのマーケティングの道具をどう使うかは、事業者の知識の範囲もしくは、その事業者のマーケティングに対する考えの範囲の中でしか、物事は進まない。

事業者がITに対する、未来戦略を持たずに、自分の知識や考えに固執する場合、今後、その事業者は遅れるしかなくなる。

気付いた事業者はお金を出しても信頼出来る専門家を身近に置き、その専門家と共に伸びていく。自分で学習するためには時間が大量に必要になり、知識を得るための時間を使おうと思うと、その戦略の実行が先送りになるだけだからである。
但し、コンピュータやネットの勉強は早ければ早いほど良い。
それでも、全てを知ることは不可能だからだ。
(今後は、知識を持っている人のコンサルティングの分野が伸びる。)

かくして上記二つの事業者の間に、情報格差が必然として生まれるのだ。

たとえば、このブログの文章も一つの例だ。
もし、このようなブログが存在しなかった場合、気軽にこのような文章を書くことは無かった。

又、少ないだろうが、この文章を読んでいる人は、私の考えを少しは理解出来るようになる。
それは、一つの社会的な啓蒙活動に他ならないのである。
ブログの存在は、あなた自身が発信者になる事を意味する。

もし、その事業者がホームページで成果を上げたいと
思うのならば、成果の上がる仕組みの中に自分のホームページを組み入れねばならない。

成果の上がらない事業者は、その事業者の考えを変えねばならない。その考えを変える事を受け入れられない事が、実は遙かに問題である事を知らねばならない。

それは従来のマーケティングと変わらない事を知らねばならない。

ホームページは人に見られなければならない。
それは、店舗の立地とある意味同じである。
銀座に店を出すのか、大間岬に出すのか、それは、その業種によるし、目的による。それをきちんと検討し、開業せねば失敗する。

ルイビトンは大間岬に店を出さない。又、マグロ漁船は銀座に船を持たない。

お店を出し、埃だらけの商品を2年も3年も放置し、誰がそれを買うだろうか?

ホームページを作るだけで、インターネットは効果が無いとか意味が無いと言う人も居る。そうなると最早、ネットでの事業は辞めた方が良い。

但し、専門家の言う事を真摯に聞き、未来に向かおうという、心が開いた経営者は生き残れる可能性が高い。

しかし、自分の考えに固執し、専門家の言うことを聞かない経営者で、IT化に乗り遅れる事業者は、よほどの資本を持ち、安全で臆病な経営をする事業者以外、未来に生き残る事は難しいだろう。

(但し、この専門家というカテゴリーも?なのだ。この業界も電話で営業を掛けるところは顧客よりも、自らの利益追求をしている会社が多いので、注意が必要だ。顧客の無知を逆手に取り、詐欺的に契約を取る。)

結局、人は心の在り方が重要になる。

ネットという現在の技術の先端の仕事をしていても、結局重要なのは人で有り、その心の在り方に戻る。
それが、人の営みの全ての原点であることに変わりは無いのだ。

雨が降れば傘をさす。

松下幸之助の言葉は、なすべき事をしなさい。
という教えである。

結局、あらたな技術を活かすも殺すも、あなたの心次第なのだ。

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